どうにかしてこの事件を自分なりに消化したかったが、微力な自分には物語的な手法しか思いつかなかった。虚構による現実へのアイロニーしか。
以下、村上龍氏『五分後の世界』または新海誠『雲のむこう、約束の場所』をモティーフに、おいら独自の解釈で現れうるもう一つのフィクショナル日本。
日本の分割統治計画
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%88%86%E5%89%B2%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E8%A8%88%E7%94%BB
≪全体史≫
1946年3月 ソ連軍の北海道東北上陸。
1947年10月 東北戦争(ソ連・アメリカによる戦争)~1949
1950年 アメリカ・イギリス・中国による日本民族殲滅を目的とした技術移民開始。
1990年 ソ連邦弱体化により、旧日本領東北地域の至る所で独立運動激化。ロシア領北海道(HCM)では北海道解放戦線(PLH)による爆弾テロが多発。
1992年 エリツィン大統領によるHCM侵攻。第一次HCM戦争。
1999年 PLHによるカラフト・ノヴォシヴィルスク侵攻。第二次HCM戦争。
2000年 プーチン大統領による北海道への大規模空爆。死者20万人以上。クラスター爆弾、化学兵器、劣化ウラン弾の利用により、北海道が壊滅的な打撃を受ける。
≪地域史≫
ソ連時代の北海道への移民計画により、北海道から福島県を含む東北には、国土を持たないカフカス地方のソ連邦民らが大量に移住。それに伴い、ソ連の文化が移り、イスラームも伝播。天皇を失い、日本の旧秩序を嫌った旧国民は、唯一神のもとの平等を歌うイスラムに帰依し、多数のムスリムが現れるようになった。その一方で、各地では独立回復を目指す壮絶なテロ活動が勃発していった。
ソ連邦の崩壊後、旧ソ連所属日本地域(旧ソ日)は、旧福島県を境界に、それぞれの地域ごとに共和国を成立。CIS所属のもと、フクシマ、アキタ、ヤマガタ、イワテ、ミヤギ、アオモリらが独立。しかし、北海道だけは地理的要因からロシアの手放さないところとなり、ノヴォスィヴィラモーリエ(新北海道)と改名の後、旧北方領土資源開発の拠点となった。
そんな世界の、寓話。
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「サーチャ、明日早朝モスクワに行くんだって。良いわね」
僕は突然その言葉を母から聞いて、ああ、ついに来たのだな、と思った。父親の遺影を抱きつつクルアーンの一節を口ずさむ母親を見ながら僕は食事をする。
「不当に孤児の財産を食い減らす者は、本当に腹の中に火を食らう者。かれらはやがて烈火に焼かれるであろう。」
「婦人章4-10か。」
「そうよ。プーチンめ、見ていなさい。私たちの尊厳と誇り、そして夫たちを奪ったあのキツネ野郎。地獄の業火の報いを受けるのよ」
キツネ、と母は禁じられていた日本の言葉で言った。リサーを日本語ではキツネと言う。僕らの地域、つまりノヴォシヴィラモーリエ(HCM) では、語呂を合わせてプーチンのことをキースルイ・キーツネ(酸っぱい狐)と言う。それだけ彼は嫌われているのだ。
僕が12歳くらいの時に旧ソ連が崩壊した。旧日本が崩壊して、僅か50年もたたない間に、今度は「偉大なる」ソヴィエトも崩壊してしまった。西側の経済に負けたのだ。
家族はロシア語とヤポンス、日本語を話すようになった。かつてヤポンスは禁じられた言葉で、僕らの両親の世代は、ヤポンスを話す祖父母と、学校で教えられるロシア語との板挟みで、とても苦しい思いをしたという。
僕の父親は、カフカスから流れてきた。
カフカスの辺りには、独立を果たせずにくすぶっていた少数民族が多く、それらの不満のはけ口として、旧ソ連は旧日本領への移民を奨励した。次男坊であった父親はその流れに乗って旧北海道へいたり、僕の母と出会い、結ばれたのだ。そういう話が僕の周囲にはごまんとある。サッポロ市民の半分、HCMの三分の一は、もはや日本人ではなく、イスラムに帰依する混血の、新しい民だ。
「1992年の陰謀」を、母親たちはよく口にする。PLHの手によるロシア本土へのテロ作戦とされたこの事件は、ロシア特務機関による自作自演で、僕らの属するHCM暫定政府の意思とは無関係に起きた。世界の世論は「太平洋の火薬庫」HCMを非難し、利権争いのための外交が行われたが、誰も僕らの現実に目を向けなかった。この事件を発端とした第一次HCM戦争で、僕らの父達はロシアの奴らにさんざっぱら痛めつけられ、婦女子は犯された。僕の妹、ミーシャは僅か12歳だったのに、屈強なロシア兵数人に輪姦された後、白樺の木につるされて小銃掃射を受けて死んだ。噂によれば、その兵士たちは麻薬を使っていたらしい。珍しくない話だった。
狂った世界がすぐそこにある。僕は地元の大学を働きながら卒業したが、仕事は僅かしかない。ロシア語をしゃべれる人でも、今では薄給の賃労働にしかつけない。暫定政府と結託しいたロシア人が重要なポストを独占し、HCMの人々に要職をあたえないことも理由の一つ。HCMは隷属する立場にあった。これはクルアーンの教えに反する。絶対神の元の平等がそこにはない。HCMの人々は常に声高にそれを非難する。もちろん、当局の目の及ばないところで。
サーチャ、日本語ではサチーコと言う娘は、僕の家の隣に住む、活発な女の子だった。
イタズラ好きで、人の気を惹こうと懸命になる、寂しがり屋の娘だった。僕も何度もちょっかいをかけられては困らせられた。でも僕は知っている。彼女の父はPLHの幹部で、1992年、彼女が生まれたときに、ロシア軍の空爆で命を落としたのである。最初から片親の、イスラームでいう「孤児」の状況であった。僕の母親はよく彼女を家に泊め、彼女もうちによくなついた。当時僕の父親も既に戦没していた。母親は「黒い未亡人」の幹部となり、ロシアに報復を企てる婦人会のサッポロ分区リーダーになっていた。
サーチャが変わったのは、つい最近。僕と大して年の変わらない、とあるPLH幹部と恋愛するようになってからだ。
寂しがりのサーチャは、男っぽく骨のあるその男に半ば奪われるようにして関係を持ったのだが、次第にサーチャのほうが男に執心するようになった。
「女は男で変わるのよ」
と、母は僕によく言った。清純なサーチャが娼婦のようにその男にしどけなく抱きつく様を見て、僕は女性の何かを呪った。サーチャは昔から「お兄ちゃんのお嫁さんになる」と言って僕を悩ませていたと言うのに。その頃から、いや本当はもっとずっと前から、僕の中にはイスラームへの疑念が湧くようになった。
あるいは、サーチャはその男に、空想上の父親を重ね合わせていたのかもしれない。
だが、サーチャ自身の陶酔は、ひどい形で覚まされた。その男はロシア当局によって捕縛され、拷問に近い形で殺された。仲間の話によれば、彼は今わの際で「サーチャ、サーチャ…アッラーフ・アクバル」と呟いていたと言う。ムスリム戦士としては偉大なる死ではない。戦って死ねたのではないのだ。その二重の屈辱と、愛する人を失った悲しみに、サーチャは半狂乱になって僕に噛みついた。
「お兄ちゃんのせいよ!お兄ちゃんがあの人の代わりに死んじゃえばよかったのよ!」
僕は返す言葉がなかった。僕はPLHに加わっていない。僕は外国語が好きだった。何より、世界中のリテラトゥーラ(ブンガク)が好きだった。ソ連が崩壊して以降、HCMにはあふれんばかりの西側の書物が流れてきた。僕はその虜になって、主義主張のために戦うことに疑念を抱くようになってしまったのだ。
しばらくして、サーチャは「黒い未亡人」の正式な会員になり、望んでモスクワ行きとテロ活動への加担を主張したという。壊れた女心はそこまで脆いのか、と僕は愕然とした。
昨日僕はサーチャと話した。小ざっぱりとしたサーチャの姿は、あの涙と怒りでぐちゃぐちゃになった女性と同一人物だとは思えなかった。その姿はまるでケルト神話のブリギット。
「本当に、行くんだな。」
「うん、行く。今までありがとう、お兄ちゃん。」
サーチャの綺麗な瞳が僕を見据えた。覚悟を決めた女性の美しさがそこにはあった。まったく、どうして僕はいつも女性の美しさに、手遅れになってから気づくことだろうか!サーチャは既につぼみではなかった。大輪の花を、朝のさわやかな空気に開こうとする朝顔のごとく。
「…さびしくなるな。」
「どうして?アッラーのもとで私たちは祝福される。あの人だって祝福されている。アッラーのために戦うのは正義なんだから。」
一言一句、丁寧に会から教え込まれた教義を説く彼女の声に、僕は少し悔しくなった。
「バカな…君にだって、自分の命を全うすることはできる」
「定命よ、お兄ちゃん。私の命はここまで。アッラーが決めてくださったのよ。インシュ・アッラー。あの人との出会いも含めて。」
サーチャの口元は一文字に結ばれている。
「だけど、君はまだ子どももいないし、新しい相手を見つけることだって、許される」
「そうやっていつも他人事みたいに言って!」
サーチャが急にどなった。僕は面食らった。サーチャの目に、この前見た熱い感情の奔流が宿っていたからだ。
「どうして、じゃあどうしてお兄ちゃんが私を幸せにしてくれないの!?どうしてイスラームに従ってお兄ちゃんが私を娶ってくれないの?意気地なし!お兄ちゃんなんか大っきらいよ!」
ああ、と僕は心で吐息した。サーチャと僕は本当はどこかで通じていた。でも僕はイスラームを疑っていた。そんな僕にサーチャを愛する権利はないと思っていた。本当は海の向こうのように自由な国で、自由な言葉で、サーチャを愛したかったから。でも、もう遅いのだ。それは僕の傲慢だった。全てが遅いのだ。会に用意されたシチュエーションは完ぺきで、もしサーチャが中途で脱落すれば、即座に暗殺されるように仕組まれているのだ。
「…ごめん、あたしったら。また気持にまかせて変なことを言っちゃった。許してね、お兄ちゃん。」
そう言って、サーチャは僕に近づいて、僕の唇に口づけを交わした。だがそれは恋人への熱いそれではなかった。友情の証のそれだった。
「見ててね、お兄ちゃん。あたし、サーチャになるの。サチーコって、幸せの子って意味らしいわよ、ヤポンスで。」
そう言ってほほ笑むサーチャに、僕は何かの神が宿ったのだ、と、唯一神は偏在するのだ、と、思わずにはいられなかった。それほどにサーチャは美しかったのだった。
それから数日が経って、モスクワの地下鉄駅で爆弾が爆発した。サーチャは事を成し遂げたのだ。各報道機関がこぞってサーチャとあの男が映った写真を入手し、「PLHの女闘士」「HCMのハマナス」と呼んだ。ハマナスはかつてHCMが北海道と呼ばれていたころの地域の花。違うよ、朝顔だよ。サーチャは朝顔だったんだ。モーニング・グロウリィだったんだよ。どうしてそうやっていつも人はバカな伝説を作って話を美化するんだ。違う。現実はもっと苦しくて救いようがないんだぜ。なのに奴らときたら、本気でプーチンどもを糾弾しない。すれば自分たちに災いが及ぶからな。だったら何だ、自由なんて、どんな教義だって、何も僕たちを救えないんじゃないのか。
僕は仕事場に行くと言って、サーチャの勝報にいつまでも歓喜する母親から逃れるために外に出た。HCMにも遅い春が来ようとしていた。自転車でサッポロの中心部に出れば、サッポロモスクのアザーン(礼拝の呼びかけ)が聞こえてくる。その呼びかけを復唱しながら、僕は泣いた。
「アッラーフ・アクバル。」
サーチャのつぶやいた美しい言葉だけが、涙とともに流れていった。
※この物語はフィクションです。
参考文献
『イスラームとは何か』 小杉 泰 講談社 1994
『コーカサス 国際関係の十字路』 廣瀬陽子 集英社 2008
『強権と不安の超大国 ロシア』 廣瀬陽子 光文社 2008
『今のロシアがわかる本』 畔蒜泰助 三笠書房 2008
『五分後の世界』 村上龍 幻冬舎 1994
『雲のむこう、約束の場所 -The place promised in our early days-』 新海誠 コミックス・ウェーブ 2004
さすらいのおいらが今日も行く。 strongbow is walking around there.
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